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詩の連載 シュテファン・バチウへの手紙 #4(阪本佳郎)

最終更新: 2019年11月14日


ルーマニア出身の亡命詩人シュテファン・バチウ(1918–1993)の作品と人生を紹介する特集です。



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ブラジル・リオデジャネイロ


すべてが終わるときに始まる祭りのために

カルナバルを終えた、余燼くすぶる灰の水曜日

祭りの余韻を感じるうちに あの南十字星と

あのコルコバードのトゥンパに立つキリスト像に祈ると、

カルナバルで得た若さを永遠のものできるのだと

あなたは年老いてから語った



  イパネマでは、まだマンドリンの音が聴こえている

  忘却と測りあえるほどの記憶の海のなかで

  夜、夢のなか庭園には花が乱れ咲き

  波打つ岸辺に太鼓の音が響き合う



白も黒も、黄色も、褐色のインディオも、

純潔性など、祝祭のうちにそのまま呑み込まれてカオスの渦となり

この街の花肉と化した

混血の私生児たちの叛乱

古き人間の内側から食い破り出てくる新たなクレオールたち

若い人間たち、新たな人間たち、Antropofagiaを目撃したあなたは、

その謝肉祭に、参加しそびれたのか?


タルシーラ・アマラルの回廊を抜けて

熱帯のアマゾニアでセシリアの人魚と眼差しを交わして、

コパカバナの砂浜から、あなたはいつも街路へ戻る


あなたがリオに着いた頃には家すら満足になく 出ずっぱり

愛する妻ミラが薬局でなけなしの稼ぎをする間、

あなたは路上に詩を求めて、徘徊する

蹴つまずく、石ころに、

石ころにさえ、硬く秘められた言葉があり、

あなたはそれを翻訳するようになる

アマゾンの奥地、鉱山の街からやってきた

生きることの不条理を軽い諧謔で笑う、ある詩人の声が心地よく響く、

あなたはそれをふと耳にして、頷いたのだ



  「道の真ん中に」


  道の真ん中に 石があった

  石が 道の真ん中にあった

  石があった

  道の真ん中に 石があった

  私は決して忘れまい

  疲れ果てた我が網膜の一生のなかで起こったこの出来事を。

  私は決して忘れまい 道の真ん中に

  石があったことを

  石が 道の真ん中にあった

  道の真ん中に石があった。

  (カルロス・ドゥルモン・ジ・アンドラージ)



石ころを拾い、触る、こねる、撫でまわす

翻訳する、手紙に出す、石ころを送り、送られてくる

石ころに招待されて、皆が街路を転がっていく

ベトナムの女学生も、エクアドルの外交官も、スウェーデンの実業家も、

皆が拾ってそれらを心うちにしまい、時がくれば、

誰かに渡す、

その石ころが、石ころに蹴躓いて、

あらぬ方へ転がっていくことの、恩寵


石ころとともに転がるように導かれて、あなたはある家の扉を開けた

リクライニングチェアに揺られた大詩人が

「かけたまえ 

あなたにとって詩が生き延びるための旗であるのなら

私はあなたのために、この地に飜る旗そのものになろう」

バンデイラ、死の芳しい花の儚さに揺らぐ旗

転生によりあらたに強靭さをえた不死鳥の翼で織られた旗


かれはあなたに出逢うなりルーマニア語でひとつの詩を朗唱した



  Multe e dulce și frumoasă なんと甘美なことであろう

  Limba ce vorbim われらの話す、このことば

  Altă limbă armonioasă かように世界と響き合う

  Ca ea nu găsim. 馨しきことばはまだ知らぬ



近代ルーマニア非業の詩人ゲオルゲ・シオンの詩を

ルーマニア語のままに諳んじたブラジルの大詩人の

その心づくしの思いやりに、

亡命の辛き旅への最上の慰労に

あなたの頰に大粒の涙がつたった

その涙は、あなた自身のものではなく、

意に反して世界を彷徨うことを強いられている

すべてのものの涙だと、あなたはバンデイラに語った


あなたはそれからリオ・デ・ジャネイロの詩世界で

詩人として活躍しつつ、未だヨーロッパではよく知られていない

ブラジルの文学世界の橋渡しをするようになる

バンデイラやセシリア・メイレーレス、レド・イヴォ、

ジョルジ・ジ・リマ、カルロス・ドゥルモン・ジ・アンドラージらの詩を翻訳、

スイスやドイツ、スペインへ送り、矢継ぎ早に出版してゆく


またリオの大新聞主、カルロス・ラセルダに見初められ、

国際部と文学担当のジャーナリスト・編集主幹として辣腕を振るうようになる

あなたは愛すべきリオ・デ・ジャネイロを拠点にしつつ

ラテン・アメリカのすべての国に渡り、旅をし、

数多くの魅力的な人々に出遇った

時に記者として、時に外交官として

軍政や抑圧的体制へ抗おうとする反抗者を

筆の力で支援しようとした


ヒロシマ、ナガサキ、幾度も繰り返される実験、核の世紀

その頃、イパネマに遊ぶボサノヴァの友人は

バラの心を持った詩で、滅びのなかでなお見出される

私たちの魂のつながりを歌っていた

世界の終わりへと震撼する世界へ

大きな歴史の言葉ではなく、私たちの生きることばで



  「ヒロシマの薔薇」 


  赤ん坊たちのことを思え

  遠くから操られ 声をなくした彼らのことを

  子供たちのことを思え

  誤りによって 光を失った彼らのことを

  女たちのことを思え 混乱に疲れ果て 

  ぼろぼろにされた彼女たちのことを

  傷のことを思え 薔薇のように熱く燃える傷のことを

  けれどそう 忘れてはいけない

  薔薇のなかの 薔薇のことは

  ヒロシマの薔薇のことは

  遺伝性の薔薇のことは

  それは放射性の薔薇

  愚かで無効の薔薇

  硬くなって病んだ薔薇

  それは原子でできた反−薔薇

  色もなく 香りもない

  薔薇ではなく なにものでもない

  (ヴィニシウス・ジ・モライス)




参考文献


阪本佳郎「詩人シュテファン・バチウと MELE – International Poetry Letter」

https://www.saudadebooks.com/post/kazenokoe201907_baciu0



プロフィール


阪本佳郎(さかもと・よしろう) 1984年、大阪生まれ。詩人シュテファン・バチウの足跡を追って、ルーマニアからスイス、ハワイへと旅を続ける。詩人の生誕百周年に捧げるために、海と大陸を越え詩人や作家、芸術家たちより作品を募った詩誌 MELE-ARCHIPELAGO を刊行。



#特集シュテファン・バチウ #阪本佳郎