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詩の連載 シュテファン・バチウへの手紙 #5(阪本佳郎)

最終更新: 2019年11月17日



ルーマニア出身の亡命詩人シュテファン・バチウ(1918–1993)の作品と人生を紹介する特集です。



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ラテン・アメリカ


ガルシア・ロルカの魂に憑依していたデュエンデよ

ヨーロッパから大西洋を越えてラテン・アメリカへと撒かれた詩たちよ

バチウ、あなたは新たな大陸の端々を旅し、

出会われた人々とそれらを分かちあっていた


ファン・ルルフォの燃えさかる平原に降り立てば、

フエゴ火山の山すそを巡礼する死者たちの亡霊に付き従うことになる



  アンティグア・グアテマラ


  泉よ、公園よ、そして遥けき遠くに見える火山たちよ

  そして黄昏に徘徊する亡霊たちの行列


  窓を閉めよ、打ち捨てられたパティオ

  どこからともなく一陣の風が荒ぶ


  崩落し、空が天井となった塔よ

  煤け、苔むしたフレスコ画よ


  夜よ、暗闇よ、火山たちよ

  そして、黄昏に徘徊する、亡霊たちの行列



骸骨たちの饗宴、

ラテンアメリカの色濃き死者たちの姿に、

あなたはひとつの真実をみて、それを自分のリアリティにもした 

あなたの逝ってしまった友人たちのために 

歴史の災厄に打ち砕かれてしまった者たちのために


この頃のあなたは、大きな世界史の表舞台に

最も近接し、人知れず、でも濃厚に加担してもいた


軍政に対する反抗者たちへの惜しみない協力

土地を追われ逃れてきた難民たちや亡命者たちを擁護するために

日々あなたは筆を振るった



  わたしはチェのためには歌わない


  わたしはチェのためには歌わない

  スターリンのために歌わないように

  メキシコで

  ハバナで、チェとは多くを話した

  彼はわたしを招待した、タバコを唇に挟みながら,

  食堂で一杯をともにするような気軽さで

  彼がカバーニャの壁に銃弾を撃ち込むのを見物させようと誘ったのだ

  わたしはチェのためには歌わない

  スターリンのために歌わないように…

  わたしはチェコスロバキアの若人たちへ向けて歌う



革命は、硬直化し、大きな権威をふるうようになるにつれ、

運動そのものを内側から腐食させ、崩れ去ってもいく

それもあなたは目撃していた

時にかれらは先住民や同性愛者らを隅に追いやり抹消しようとした

人の心の真実を覗き込もうとした勇気ある詩人たちを蚊帳の外に

あなたはそんなグリンゴでいたくはなかった

エルネスト・カルデナルの『アメリカ・インディアンへ捧げる』という

詩集をあなたはドイツ語に翻訳した

わたしたちはもう一度

月と蛇の抱擁に立ち会わなければならないという

あなたの声がきこえる



  わたしは云う わたしはトゥカンの長である

  小さき兄弟たちよ 小さき兄弟たちよ

  わたしはおまえたちに語りかけているのだ

  トゥカンの長として

  わたしは云う この大きな樹を切り倒さないで欲しい

  この大きな樹を切り倒さないでほしい

  わたしの子どもたちが憩い食べるであろうこの樹を、

  わたしの孫たちも憩い食べるであろうこの樹を

  わたしはおまえたちに語りかけている

  わたしは云う トゥカンの長として

  わたしのこの大きな樹を切り倒さないで欲しい

  この樹の上で憩い食べるであろう、わたしの子どもたち、孫たちのために

  どうか、わたしのこの大きな樹を切り倒さないで欲しい

  そこで憩い食べるであろう、わたしの子どもたちよ、孫たちよ

  (シュアール族の歌・セバスチャン・ツァマライン)



あなたはおそらく、旅するにつれて思ったことだろう

世界のなんと多様たることか

無限の宇宙が散りばめられた万華鏡よ、と

イデオロギーの衝突などよりもむしろ、世界同士が潰しあってしまっているのだと

決して宇宙は、Uni/verseではなく、Pluri/verseなのだと

その響きあいがあるなかにおいての、一つ、なのだと

詩は、ナマコやサンゴ、ウミウシのような宇宙の多面体が、

爆破され、埋め立てられることを防ぎ、擁護するものだと、あなたは考えた


あなたの詩心においては、

東や西、資本主義や共産主義、グリンゴやインディオ

暴力的な線引きや、底の浅い図式的な理解は斥ぞけられていた

しかし、ラテンアメリカの西・東の議論をめぐる粗雑さと複雑さよ

あなたは、保守派やファシストとみなされ、

徐々に書く場所を減らしていった

さらば、愛するリオ!


あなたは再び船に乗る

あなたはおそらくそれが永遠の別離であると知っていた

多くの友人が、あなたとミラを見送りに港まできてくれた


あなたはシアトルの大学で二年間詩をおしえ

その間、ブラジルにはクーデタが発生、

リオ・デ・ジャネイロには戻ることなく、進路は再び亡命の群島へ

太平洋のはるか彼方に浮かぶハワイへと航路をとったのだった



  難破


  夜、渚へむけて窓をあけはなつと、 

  海鳥が部屋に舞い込み飛翔する

  皮膚の下で無数の蛇が蠢くように

  ガラス製の、忘却の鰻魚たちガ感じられる

  カーテン生地で帆を織り上げよう


  瞬く星の明滅が、天空に浮かぶ灯台となり我が行く先を知らせてくれる

  心とともに部屋は浮きあがり、

  大海原へと、勇ましく漕ぎ出した


  棕櫚が立ち並ぶ浜辺を抜け、 水の精霊が湯浴みする汀を渡れば

  今や闇がその艶髮をさげ、夜の帳が降りてくる

  波濤は寄せては還し、砕けては散る

  夢と帆柱へ恐怖とともに縛り付けられた私は

  距離をよく見定めようと、双眼鏡を手にとる


  一本のガラス瓶が大海の 腕 に翻弄されながら漂っている

  大渦へ救命浮輪を投じるのだ

  冷気は私を灼き尽くし、恐怖は痛めつける

  思いがけず涙が落ちはじめる、私は歌う

  すると部屋は向きを変え、風のなかに家路をとった



参考文献


阪本佳郎「詩人シュテファン・バチウと MELE – International Poetry Letter」

https://www.saudadebooks.com/post/kazenokoe201907_baciu0



プロフィール


阪本佳郎(さかもと・よしろう) 1984年、大阪生まれ。詩人シュテファン・バチウの足跡を追って、ルーマニアからスイス、ハワイへと旅を続ける。詩人の生誕百周年に捧げるために、海と大陸を越え詩人や作家、芸術家たちより作品を募った詩誌 MELE-ARCHIPELAGO を刊行。



#特集シュテファン・バチウ #阪本佳郎