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詩の連載 シュテファン・バチウへの手紙 #3(阪本佳郎)

最終更新: 2019年11月14日



ルーマニア出身の亡命詩人シュテファン・バチウ(1918–1993)の作品と人生を紹介する特集です。



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スイス


絶えず届くルーマニアからの知らせに

あなたは心おだやかでいられるはずがない、

どこかで破局を悟りながら

あなたは祈りとともに、詩の翻訳をすすめる

祖国が、スターリニズムに染まりゆく同時代の恐怖、

ひとりふたりとルーマニアにいた同僚の連絡が途絶えていく

あなたの最愛の妻ミラの父親ディヌ・シミアンも監獄へ囚われ

帰らぬ人となった


現実を振り払うかのように 

あなたは仕事へと、詩の世界へと埋没してゆく

父から受け継いだドイツ語の素養を如何なく発揮して

ルーマニア詩をドイツ語詩へ、ドイツ語詩をルーマニア語詩へ、

それらの数多くを、現地紙にて発表した

祖国は、危険分子を西側へはおくはずもなく、

すでに共産主義化されたブルガリアへ

あなたを移すことに決めた


  ベルンとジュネーブの間

  パウル・クレーが絶えず私のそばに

  黒い翼をした天使が、列車をとめ

  話しかけてくる、ルーマニア語で


ジュネーヴ行きの列車はなかなか動いてはくれない

そこへ行けば難民としてのヴィザが降りるはずなのに

雪降りしきる白にあなたは絶えず、

死の影を見出されずにはいられない

アルプスにかかるこの雪の帳が

どれだけこの国の戦火に染まらない純白を表していようと

あなたの新しい天使は黒い

歴史の天使は 雪面に反射する

あのトゥンパとは異なり 虚空へと突き刺さるかのような山の頂きにかかる

大きな満月のまばゆさにへばりつく


ルーマニアからの声が聞こえる

ジュネーヴへの急ぎの列車はなかなか動かない


あなたがずっと読みつづけた詩人の墓がそこにはあった

雪に覆われた墓標を見出そうと搔きわけると

バラの棘があなたの指に刺さり、戦慄した


  わたしはラーロンでであった

  かれは幻想の杖をつきながら

  妖しい光輝に包まれて

  雲のように浮かんでいた

  (リルケ)


あの大きな月が傾いて、山裾から海へと落ちる頃、

列車はすでに動き、

あなたはブラジルへの旅の洋上にいた



参考文献


阪本佳郎「詩人シュテファン・バチウと MELE – International Poetry Letter」

https://www.saudadebooks.com/post/kazenokoe201907_baciu0



プロフィール


阪本佳郎(さかもと・よしろう) 1984年、大阪生まれ。詩人シュテファン・バチウの足跡を追って、ルーマニアからスイス、ハワイへと旅を続ける。詩人の生誕百周年に捧げるために、海と大陸を越え詩人や作家、芸術家たちより作品を募った詩誌 MELE-ARCHIPELAGO を刊行。



#特集シュテファン・バチウ #阪本佳郎

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