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執筆者の写真Saudade Books

詩の連載 つながりあう存在へ #1(島田啓介)



翻訳家・著述家で、マインドフルネス瞑想を実践する島田啓介さんによる詩の連載です。



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朝の言葉



書け とあなたは言う

やさしい刃のように

わたしの心は朝の眩しい光に

射られたままだ


鳥の声に導かれて

書け とその言葉が言う

世界は神秘に満たされている


暁から黎明までの間に

蓄えられた霞のようなものが

微粒子となってゆっくり落ちていく


わたしの心は刃となって

それを切り裂きつつ向かう

一日の中心へと

まっすぐな鋼となって

朝は行進する



——島田啓介詩集『2000年後』(私家版、2000年)より



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エリオットの詩集の中には



エリオットの詩集のなかに虚ろを穿ち

黒い蜂が棲みはじめた


蜂の生活がそこに確実にあるということが

わたしの生活の隠された たのもしい重心となって

その場を通るごとに足音を忍ばさせ

鉄錆の味するむず痒いような緊張感を

おこさせる


蜂について想いをめぐらすことが

わたしにとってはもうひとつの世界の連想

その宇宙の果ての冷たい惑星に穿たれた

空洞にめぐらされた迷路

その内奥からかさこそとなにかしら

食むような擦るような引きずるような削るような

音が這いでてくる


わたしは己れを静かにし耳を澄ます

その音はもうひとつの日常の底からやってきて

わたしの日常を細やかな曼荼羅にかえる


この秘めごとを口にせずにはいられず

しかし公にもできず

隠されたその虚ろを世が侵食するのを恐れるのみ

ざらついたおしゃべりや不遠慮な大股歩きは

そのかそけさを脅かす


わたしは心を集め

自らの細部をつねに

その虚ろの底の音に同調させる

微かで確実なその音を守護することでしか

「生活」は守られない


わたしは息をひそめる

そして聴く

自らの宮殿から

聞こえてくる微かな音を



——島田啓介詩集『2000年後』(私家版、2000年)より



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「朝の言葉」について


30代半ばの詩だが、ぼくはダダイストの詩人高橋新吉の文体に大いに影響を受けていた。彼が禅に傾倒していたことを思うと、今につながる不思議な縁を感じる。ぼくが詩を書いていたのは生き延びるためで、それ以外の選択肢がなかったからだ。その原点がよく表れた一編だと思う。



「エリオットの詩集の中には」について


この詩の本は開かれないままにとってある。今でも生活の中心に穿たれた虚ろを思うことがある。もっとも大切なものとは何か? 見えない聖域が日常の奥に確実に存在すると思えば、現実の嵐は何ほどのものでもない。かすかな音に耳を澄ます、それが今のマインドフルネスの実践にもつながっている。



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プロフィール



しまだ・けいすけ 1958年生まれ。翻訳家・著述家。マインドフルネス瞑想を講演・研修・授業を通じて伝えている。精神保健福祉士・カウンセラーでもあり、身心の癒しを体験できるワークショップハウス「ゆとり家」を主宰。20代初めに詩を書きはじめ、それは生きることの欠かせない一部となった。弾き語りやポエトリーリーディングを通じて、自作を発表していた時期もある。今回のシリーズを連載をきっかけに新作を準備中。



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