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  • 執筆者の写真Saudade Books

叡智の鳥(川瀬慈)

更新日:2020年7月17日



ルーマニア出身の亡命詩人シュテファン・バチウ(1918–1993)の作品と人生を紹介する特集です。



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あなたたちの声をとおして 叡智が伝わりひろまりました 悩み多き私たちのために天が遣わせた鳥たちよ 叡智と美を運んだ鳥たち 今一度 時代を切り拓く道を示してほしい この混迷の時代に 農夫と彼の妻 そして牛たちは農地で頭を抱えている 彼の努力も献身も 来たる旱魃を避けることができない もみ殻のみが重なるだけで 穀物の取れ高は少ない 収穫物をだれにもわけることはできない 彼に叡智を運んでほしい 耕すことなく 疲弊することなく 糧を得るあなた あなたの羽毛は 卵をあたためヒナを優しく育てる 我々人間は育てることのできない者を産んだ 路上に打ち捨てられる人々を産んだ 小さな生き物よ 道を指し示してくれ 健やかに平和に暮らす術を 互いに傷つけあうことないそのさえずり この広い世界に飛び立ち 贈り物を運んできてほしい 核を排除し 神を休ませる叡智を あなたの歌の旋律と その羽毛のわずかな部分にも 今日の不幸を追い払い 明日を築き上げる 叡智が宿る 天が遣わせた鳥たちよ


2018年8月 アジスアベバ、ピアッサ、バロホテル


付記

6世紀、伝説の修道士、聖ヤレードは鳥たちの声からインスピレーションを得て、エチオピア正教会の儀礼音楽や讃美歌を創作したといわれる。

本作品は、もともとはアムハラ語で書かれた詩を日本語に訳したもので、2019年1月6日、京都で開催された集い「黙示の時代の詩魂——シュテファン・バチウ生誕百年によせて」(出演=今福龍太、川瀬慈、阪本佳郎、会場=IMACT HUB 京都)のなかで発表・朗読された。

初出 MELE Archipelago: Homage to Stefan Baciu for the Poet’s Centennial Anniversary







プロフィール


川瀬慈(かわせ・いつし) 1977年、岐阜県生まれ。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程修了。国立民族学博物館/総合研究大学院大学准教授。専門は映像人類学、民族誌映画制作。代表的な映像作品に『Room 11, Ethiopia Hotel』など。著書に『ストリートの精霊たち』(世界思想社、第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞)。



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