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Hello folks #5 なんでも食べる #2 ほんとうの料理(太田明日香)

最終更新: 2019年10月19日



2年間のカナダ滞在経験から「外国で暮らすこと」や「外国人になること」を考える詩とエッセイの連載です。





なんでも食べる


なんでも食べる


なんでも食べる

見たことないものを食べる

なんでも食べる

つくったことないものを食べる


懐かしい料理

誰かの味

見よう見まねでつくる

知ってる味にならなくても食べる

おいしくなくても食べる


なんでも食べる

空腹を満たすため食べる

なんでも食べる

明日働くため食べる


さあ、その歯で

世界を噛み砕き

喉を鳴らして

歴史を飲み込め


生きるために食べる

なんでも食べる





「こんなのほんとうの◎◎じゃない」。


『美味しんぼ』の初期の頃、主人公の山岡はよくこう言っていた。『美味しんぼ』は言わずと知れた国民的グルメまんが。日本が「経済大国」となって、金にあかせて世界中からいろんな美食を取り寄せられるようになった1980年代に登場したこのまんがは、アニメ化されドラマ化され、瞬く間にブームになった。


世間では『美味しんぼ』はどちらかというとグルメブームの牽引役のように見られていたが、実際はフレンチやイタリアンといった次から次に登場する食のブームからは距離をとり、それに沸く大衆や彼らを煽るマスコミ、もうけ主義にはしる生産者や効率ばかりを重視するレストラン店主や料理人を冷めた目で描いていた。山岡の「ほんとうの◎◎」という言葉は、そんな拝金主義がまかり通る世の中への苦言のようなものだった。


山岡の言うように、料理には偽物と本物があり、本物の方がすばらしく、守り伝えていかなければならない、というのはその通りだろう。だけど、日本を離れるとその言葉が違って聞こえた。



バンクーバーロール。中にはエビが入っていて、上にはアボカドとうなぎととびっこが乗っている。白いカップには醤油を入れる

例えば寿司。バンクーバーではいたるところに寿司屋があった。日本人ではなく、チャイニーズやコリアンによって経営されている店も多かった。みそ汁は出汁を取ってないものもあり、握りはツナやマグロやサーモンがほとんど。巻寿司はカリフォルニアロールが有名だが、それがさらに進化したような「◎◎ロール」という名の巻寿司がたくさんあった。バンクーバーロールとかアボカドロールと名付けられたそれは、西洋人にとっては黒い食べ物はおいしくなさそうという理由から、ご飯が表で海苔は内側に巻かれており、その外側にアボガドやマンゴーの薄切りが貼付けられ、その上に甘辛いソースやマヨネーズが塗られていた。それがまずかったかというと、そうでもない。だけど、日本でならきっとそれを寿司とは呼ばないだろう。


もちろん日本人が経営し、タイや白身魚の握りを食べさせるような寿司屋もあったけど、日本でしかとれない魚は冷凍して空輸したものだからか、味気なかった。日本気分を味わうにはよかった。けど、おいしさで言ったらバンクーバースタイルの寿司だって、そういうものとしてわかって食べれば、ひけを取らないように思えた。





コリアンやチャイニーズが経営する寿司屋で、お飾りみたいな日本人形や日本風の掛け軸に囲まれ、スピーカーから流れる吉幾三の演歌を聞きながら、出汁の薄いみそ汁やサーモンとツナばかりの寿司を食べるのにも次第に慣れた。それは和食モドキとしか言いようがなかったけど、バンクーバーロールに比べたらいかにも寿司だった。だんだんとそういう寿司になじんでいく自分に、日本人モドキになっていくような寂しさを感じた。


一方でバンクーバーで「本物」に出会うこともあった。例えば味噌や醤油。1939年からバンクーバーで味噌や醤油を作っているAMANOという醸造メーカーがある。ここでは日本でもなかなか見られなくなった、麹が生きている味噌や醤油を造っている。菌が生きたままなので発酵しすぎると容器が爆発するので、冷蔵庫に入れて保存しないといけない。バンクーバーではオーガニック調味料として人気があり、地元のオーガニックスーパーでは必ず見かけた。実際に食べてみると、好みにもよるだろうが、わたしはもうこの味以外のみそ汁を飲みたくないというくらいおいしいと思った。移民した人たちが国の文化や伝統を守り続けようとした結果、ブラジルの奥地のような海外の思いもよらないところに、日本の古い文化や言葉遣いが残っているという話を聞いたことがある。


AMANOの味噌はこの例のようなものかもしれない。



AMANOの白味噌

バンクーバーではほかにもVan Koji という名前で自家製味噌造りワークショップをしたり塩麹を売っている日本人女性がいる。彼女も、バンクーバーで好みの味噌がなかったことから自分で味噌作りを始めたそうだ。


しかし実際はこういった事例の方が少なかったのだろう。作家でカントリーミュージック奏者でもある東理夫さんの『アメリカは食べる』という本がある。アメリカを実際に旅しながら、食文化からアメリカという国について考察をめぐらした700ページを超える大作だ。


東さんはアメリカでホットドックやハンバーガーに代表される「フィンガーフード」と呼ばれる手づかみで食べる食べ物、あるいはステーキやバーバキューのような、簡便で画一的な料理ができあがったのは、「移民によって成り立つ国である」だからだと言っている。


「様々な国からの移民たちは自国の料理、味覚、それらを包括する「食」そのものをあきらめ、アメリカという移住先の環境で許される食材や調理技術による新しい料理を作り上げていかざるを得なかった」、そして、食にこだわりのある国の人たちでさえ「自国の「正しい料理」を放棄し、手に入る材料についても贅沢が言えるわけもなく、妥協の末にどうにかましな食べものを作るしかなかった。」と、自国の料理がやむなく正しく伝わらず、変化していく中でアメリカ料理になっていったのではないかと述べている。


料理を伝えるためにはいろんな条件が必要だ。食材、調理器具、調理技術や調理方法の知識。それらがそろって初めて料理が作れる。こんなことを言う人も今の時代減ったが、昔は女だからとか主婦だから料理ができて当たり前だと思われていた。しかしそうではなく、料理は知識と技術と味の記憶の積み重ねの総体だ。


東さんの家の食事の描写にそれがよく現れている。家ではいつもフライドチキンや肉の焼いたものにマッシュポテト、付け合わせにホウレンソウのバターいためやにんじんの煮たものがついたもの。昭和30年代、東さんの同級生はそんな食事に面食らったそうだ。東さんの両親は日系カナダ人2世。二人ともカナダで生まれた後、満州に移り住んだが、戦後は日本で暮らしたそうだ。東さんのお母さんが教わった日本料理というのは義母に教わったお節料理で、それを死ぬまで真似して作り続けていたという。



右がUmeboshi 。左の黄色いのは、Denbadukeという名前で売られていた大根の漬け物。Denbadukeはでんば漬けならぬデンバー漬け。アメリカに移民した日系人がピクルスをヒントにたくあんを懐かしんで作ったもの


カナダの日系人の食べ物で言うと、バンクーバーの東隣のバーナビーに、日系カナダ人国立博物館・文化センターという日系カナダ人の歴史や文化を伝える場所がある。毎年そこで開催されるバザーで不思議な食べ物に出会ったことがあった。


Umeboshiと書いてあるけど、それにしては色が違うし、ジャムを入れるような容器の中で液体につかっている。売っている人の顔つきは明らかに日本人だけど、言葉は英語の初老の女性。おそらく日系人の人だろう。その食べ物がどうしても梅干しに見えないのでたずねると、「プラムピクルス」と教えてくれた。英語で梅はプラムだけど、向こうで見たプラムは梅というよりももっと甘くていかにも果物という感じのもの。いわゆる日本で言うところのスモモだ。また、日本だとピクルスは酢漬けのことを指すけど、ぬか漬けを「ぬかピクルス」と言ったりするように、カナダでは漬け物全体を指すのにも使われていた。だから、どちらかというとスモモの酢漬けに近く、甘い味がした。


それは日本で食べた梅干しとは全く違う食べ物だった。誤訳に誤訳を重ねてできた食べ物だったのかもしれないけど、梅干しをどうにか再現しようとしたもののように思えた。その気持ちに対して、「ほんとうの梅干しじゃない」なんて言えなかった。


移民するとそれまでいた文化から切り離され、料理を伝える機会や方法が極端に減る。また、気候や植生が違い、自国の作物を育てられなかったり、干したり発酵させるという食べ物を加工する技術がうまく使えなかったりする。その中で、どうにか可能な方法を模索して次世代に伝えようとしたり、時には断念したりする。仮にどうにかして伝えられたって間違った形で伝わる可能性もある。移民するというのはそういうことなのだと思う。





バンクーバーで食べたいろいろな国の料理。上からギリシャ料理、レバノン料理、イラン料理

バンクーバーには驚くほど世界の料理があった。ギリシャ料理、中東料理、インド料理、中華料理、ベトナム料理、タイ料理……。それがどれほど「ほんとうの料理」に近いものだったのか、わたしにはわからない。でも、自国で長年伝えられてきた味があり、戦乱や政治的混乱や経済的な事情で移民する必要があった人たちが携えてきた料理であることは間違いないだろう。


あの小さな町の中に、滞在した2年間では食べ尽くせないほどの世界と歴史が凝縮されていた。それを思うと、「ほんとうの◎◎」という言葉のなんと小さなことか。もちろん本物の方がいい。でもできない。そのギリギリのところで生まれたような味。それに対しておいしいとかまずいとか本物だとか偽物だとか言うことが、どうしてもちっぽけなことに思えてくるのだった。


AMANOのサイトを見ると、自社製品を使ったレシピが出てくる。味噌をデザートに使ったり、マッシュポテトに入れたり、日本料理では思いもつかないような組み合わせだ。ほんとうの味噌や醤油が、カナダの味や他の国の味と出会うことで、どんどん変化していく。その変化は悪いことだろうか?


世代を超えるうち一つの国だけにルーツを持つのではなく、いくつもの国にまたがってルーツを持つようになった移民たちは、純粋性ではなく多様性をカナダの特徴だと捉えるようになった。料理もそれと同じだ。これはまさに、カナダ料理としか呼びようのない、新しい味の創造なのだ。



参考文献


東理夫『アメリカは食べる。——アメリカ食文化の謎をめぐる旅』(作品社、2015年)

Amano Foods http://www.amanofoods.ca/

Van Koji http://www.vankoji.com/



プロフィール


太田明日香(おおた・あすか) 編集者、ライター。1982年、兵庫県淡路島出身。著書『愛と家事』(創元社)。連載に『仕事文脈』「35歳からのハローワーク」。現在、創元社より企画・編集した「国際化の時代に生きるためのQ&A」シリーズが販売中。



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