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インタビュー 中学生読書日記 韓国文学編


(ま)



(ま)というのは仮名で、BTS や TWICE、Red Velvet なんかの K-POP が好きな、いまどきの女子中学生(15歳)です。アイドルグループを通じてお隣の国・韓国のカルチャーに興味を持ち、ときどき自宅の本棚にある現代の韓国文学の翻訳を学校に持って行って読んでいるようです(中学校では「朝読の時間」というのがあるのです)。「中学生韓国旅行日記」に引き続き、父親であり、編集人である私が聞き手になって、読書の感想をインタビューしました。(アサノタカオ)



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背負いきれないものを背負っている人たちが何かを封印して生きている



——今回取り上げるのは、キム・エランの『外は夏』(古川綾子訳)。亜紀書房という出版社から出ている「となりの国のものがたり」という韓国文学の翻訳シリーズの一冊です。以前、チョン・セラン『フィフティ・ピープル』の感想を聞いたことがありましたが、これも同じシリーズの一冊でした。さて、『外は夏』は短編小説集ですから、どの作品がいちばん印象に残ったか、まず教えてもらえますか?


(注=キム・エランは韓国・仁川生まれ。韓国芸術総合学校演劇院劇作科卒業。2002年に短編「ノックしない家」で第1回大山大学文学賞を受賞して作家デビューを果たす。2013年、本書収録作「沈黙の未来」が韓国で最も権威ある文学賞「李箱文学賞」を受賞。邦訳作品に『どきどき僕の人生』(2013年、クオン)、『走れ、オヤジ殿』(2017年、晶文社)がある)


 「ノ・チャンソンとエヴァン」かな。


——ああ、やっぱり。いい作品だよね。あらすじを教えてください。


 ノ・チャンソンは小学生で、田舎のサービスエリアの食堂で働いている祖母とふたり暮らし。父親は事故で亡くなっていて、母親はいない。サービスエリアに捨てられていた年寄りの犬に「エヴァン」という名前をつけて、家に連れて帰ってしまう。そして祖母には反対されるけど、拾った犬を飼い始める。でもだんだんエヴァンの体調が悪くなって歩けなくなったから、チャンソンが貯金したお小遣いを持って動物病院に連れて行った。そこで医者からは犬の足に重い腫瘍ができているので、手術するか安楽死させるか選ぶように言われる。チャンソンは悩みながら、安楽死させようとその費用をかせぐためにチラシ配りのアルバイトをはじめる。


 チャンソンはスマホがほしかった。クラスメートはそれでゲームをしたり、携帯メールで会話をしたりしていたから。そしてある日、サービスエリアの所長からスマホのお下がりをもらうことになった。


 貯金したアルバイト代を持って動物病院に行くとたまたま閉まっていて、診察を受けられなかった。帰り道に携帯電話の代理店に立ち寄って、そのお金でSIMカードと充電器を買ってしまう。その後も、貯金をしなければと思いながら、スマホ用の保護フィルムやケースにお金を使ってしまう……。


——スマホとか、ひとたび流行りの道具や商品を手にすると、そのためにどんどんお金が出ていくことってあるよね。消費社会の恐ろしさをリアルに描いていると思います。


 ノ・チャンソンは犬のエヴァンの治療代として貯めたお金を使い込むことに罪悪感を抱いているんだけど、やっぱりスマホのアクセサリーとかが欲しいから、自分を正当化しはじめる。「安楽死に対する自分の考えが根本から間違っていたんじゃないだろうか。……エヴァンが生きている間は少しでも意味のある時間を過ごすほうが、お互いにとって良いことなんじゃないか」とか都合のいいことを言って。


 それでどんどん手元のお金がなくなっていって、エヴァンへのお土産のすり身揚げまで買って家に帰ると、病気の犬はいなくなっていて、どうも高速道路でトラックにひかれて死んだらしいという話。


——暗い話だ。


 孫のノ・チャンソンに対する祖母のあたりがけっこう冷たいというか、キツイんだよね。


——うん、そうだね。「ノ・チャンソンとエヴァン」という物語の背景には、この祖母が経済的に厳しい暮らしのなかで孤児のノ・チャンソンの面倒をみなければならない家庭環境や、彼女が頼りにしている教会の引退牧師に「もう会いたくない」と言われたりする人間関係での孤立も描かれていて、そういうことがキツさに影響しているかもしれない。


 で、この祖母がいう「赦し」が作品のテーマ。


——「主よ、我らを赦し給え」と唱えるキリスト者である祖母にノ・チャンソンが「赦しってなあに」と聞くと、「見なかったことにしてくれって意味だよ」と答える。


 お父さんもお母さんもいないから、アルバイトをして自分でお金を貯めて病気の犬を病院に連れて行って診察を受けさせるって、そもそも小学生のノ・チャンソンには大きすぎる役割なんだよ。背負いきれないというか。子供だから、かわいくて元気な犬は好きだけど、年老いて弱っていく現実はちゃんと見ることができない。だから現実逃避的に、自分がほしいもののためにお金をどんどん使っちゃって、けっきょく犬のためには1ウォンも使わない。でも、小学生なりに苦労して働いて得たお金なんだから、自分のための見返りを得たいと思うのもしょうがない。


——3年前まで小学生だった中学生の実感がこもっている意見ですね。なるほど、ノ・チャンソンの買い物は「現実逃避」の行動ということか。チャンソンのお父さんは事故で亡くなる前にこの犬と同じ病気だったみたいなんだよね。だからこそ、同じ病気で苦しむ犬のリアルな姿を直視できないというか、目を背けたいような気持ちをどこかでもっているのかもしれない。


 うん、で、これは(ま)の解釈だけど、ノ・チャンソンは物語のなかでは赦された。


——え、そうなの?


 「自分がほしいスマホのアクセサリーを買うために、病気の犬用の治療代を使っちゃったことを見なかったことにしてくれ」というのが、ノ・チャンソンの祈り。で、犬のエヴァンは、まるでチャンソンの祈りに応えるように、自分からいなくなって、自分から走行中のトラックに飛び込んでいった。そのことでエヴァンも病気の苦しみから解放されて、赦されたのかもしれない。だから一見、ノ・チャンソンとエヴァンの「赦し」はぴったり合致しているように見える。


 でも、「赦された」と自分で自分を納得させたところで、ノ・チャンソンには救いがないんだよ。チャンソンは「赦し」の意味を、「見なかったことにしてくれ」ととらえる祖母の習慣にすがるしかなかった、とも言える。「赦し」はそういうものだと認識しないと、なんていうか……


——つまり、「見なかったことにしてくれ」と思うことを繰り返さないと生きていけない、そんな世知辛い現実が祖母とチャンソンの暮らしにあるということだよね。


 そういう意味での「赦し」の救いのなさは、行方不明になったエヴァンを探すときに、ノ・チャンソンが自分の歩いている道が「薄氷」になってひび割れる音を聞く最後のシーンで表現されていると思う。


——あの音ってなんだろうね。


 うーん、それまで自分のなかに大事なものとしてあったもの、存在そのものが壊れてしまう音かな……。ノ・チャンソンがエヴァンを連れ帰ったとき、祖母は「明日になったら元の場所に置いてきな」と叱って、これは一見冷たい意見なんだけど、ある意味で「正しい」。チャンソンは捨てられている犬をかわいいと思うだけで、死んでゆく犬をちゃんと世話をして、最後まで見届けることはできなかったのだから。なぜ「赦し」の意味が「見なかったことにしてくれ」ということになるのか。その本当の理由に気づいてしまって、きれいごとを言うだけではすまされない大人の「正しさ」に一歩近づいた時に、チャンソンが聞いた音じゃないかな、と(ま)は思う。


——うーむ、なるほど。ひとりの少年が、現実を生きるための大人の論理みたいなものを知ってしまった時に心のなかで聞いた音、なかなかおもしろい感想ですね。このほかに印象に残った作品や、キム・エランの小説全体に感じたことはありますか?


 「立冬」や「風景の使い道」もよかったかな。キム・エランの小説は、背負いきれないものを背負っている人たちが何かを封印して生きている現実を描いているところに共感できる。会話が多くて、登場人物たちはみんな淡々と語っているのだけど、ギミックが登場人物たちの語っていない内面をさらけだすところがおもしろい。


——ギミック? ああ、物語の仕掛け、伏線ということかな?


 そうそう、「あ、前のこのセリフがここのシーンにつながるのか!」とかギミックの使い方がものすごく上手で、わかりやすいと思う。(ま)は短編小説の方が読んでいてギミックを探す楽しさがあるから好きで、あまり長い物語だと伏線が見えなくなって退屈に思うことがある。あと、キム・エランの小説は文章が読みやすいと感じた。



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——文章が読みやすいと感じたのは、古川綾子さんの翻訳がよいからでしょうね。最後の「訳者あとがき」は読みました? この短編小説集は、「セウォル号沈没事故」を受けて作家が読者に何かを伝えようと書いた作品ということです。直接この事故のことが語られているわけではないけれど、全編に共通するテーマが「喪失」。


 直接的ではないというところがかえっていいと思うよ。「セウォル号沈没事故」みたいな大きな出来事のニュースを見たりしても、被害に遭った人のことを「かわいそう」とは思うけど、他人事にしか感じないでしょ。でも小説を読むと、もっと身近なこととして大切なものを失った人、取り残された人の気持ちがわかるというか……。


——物語に入り込むことで、擬似的かもしれないけど、見知らぬ他人の経験を体感できるということだよね。


 飼っている犬が死んでしまうとか、幼い子供がなくなってしまうとか、ニュースになるような事件じゃない、社会から見れば小さな事件かもしれないけど、背負いきれないものを背負って孤立している人が抱えるものは、事件の大きい小さいにかかわらず「重い」ということがわかる。


 BTSの曲「Spring Day」も同じだよ。「Spring Day」の歌詞はおもてむきは「君に会いたい」という個人的な思いを表現しているだけなのだけど、セウォル号の事故をモチーフにしていると言われている。そういう大きな事件を背景にしているとは感じさせない作品だけどね。でもBTSのメンバーは、事故の犠牲者の家族協議会に寄付をしたり、このことに関してメディアで発言をしたり運動もしているから。


——ありがとうございます。では、最後にBTSの曲「Spring Day」のMVをみてみましょうか。(了)





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