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インタビュー 中学生読書日記 韓国文学編

最終更新: 2月5日


(ま)



(ま)というのは仮名で、BTSやTWICE、BTSの弟分のTXTなんかのK-POPが好きな、いまどきの女子中学生(14歳)です。アイドルグループを通じてお隣の国・韓国のカルチャーに興味を持ち、ときどき自宅の本棚にある現代の韓国文学の翻訳を学校に持って行って読んでいるようです(「朝読の時間」というのがあるのです)。「中学生韓国旅行日記」に引き続き、父親であり、編集人である私が聞き手になって、読書の感想をインタビューしました。(アサノタカオ)







ホ先生が人生の最後に抱く幸福には、でも影がある



——前回のチェ・ウニョン『ショウコの微笑』のインタビューにつづいて、今日は、チョン・セランの小説『フィフティ・ピープル』(斎藤真理子訳、亜紀書房)の感想を聞きます。韓国ではどういう評価をされているのかわかりませんが、日本の本好きの人たちのあいだでは、かなり話題になっているようです。おもしろかったよね。


(注=チョン・セランは1984年、ソウル生まれの作家〔チェ・ウニョンと同年生まれなんですね〕。編集者として働いた後、2010年に雑誌『ファンタスティック』に「ドリーム、ドリーム、ドリーム」を発表して作家デビュー。本書を出版した亜紀書房による紹介文は以下のとおり。「痛くて、おかしくて、悲しくて、愛しい。50人のドラマが、あやとりのように絡まり合う。韓国文学をリードする若手作家による、めくるめく連作短編小説集」)


 うん、チョン・セランの小説は『アンダー、サンダー、テンダー』もよかったけど、これもおもしろかったよ。


——『フィフティ・ピープル』がどんな小説か、(ま)のことばであらすじを紹介してもらえますか?


 え〜、難しいな。これといってまとまったストーリーがないんだよね……。ソウルの近くの大学病院が舞台で、医者や看護婦や患者、病院の人とか、病院のまわりのベーグル屋なんかで働いている人とか、大学で勉強している学生とか、その家族とか、人物相関図をそのまま描きだすような話。一編が短いストーリーだから読みやすい。ストーリーごとに主人公が入れ替わって、間をおいて別々の登場人物どうしが意外なところで関わりだしたりする仕掛けがおもしろかった。


——うんうん、タイトルの通り、老若男女、さまざまな仕事をしたりしていなかったりする約50名の登場人物のエピソードが入れ替わり立ち替わり語られる短編小説集なんだけど、誰の話が良い意味でいちばん印象的でした?


 イ・ホの話かな。ほら、「シュークリーム教授」って呼ばれているおじいさんのお医者さんの……。


——ほお、それは意外な回答。わりと大人向けというか、しんみりとした良い話だと思いますけど。またどうして?


 全体的に人生がうまくいっていない人たちの暗い話が多いから、すこしは明るいところのある話がいいなと思って。ホ先生は、朝鮮戦争とか飢えとかを経験しているんだけど勉強が好きで、親戚のお金の援助とか奨学金で学校に行けてアメリカに留学して医者になれた。妻と結婚もできた。「成功の秘訣は?」と聞かれて「運がよかった」って答えるんだよね。良いことも悪いこともいろんなことを経験して、それほど苦労をしないで生きてきたホ先生が人生の最後に抱く幸福には、でも影がある。


——影がある?


 うん、年をとってもう死んでもいいかなと思い始めるところで、その幸福を「失ってもかまわない」って言うでしょう。明るい話なんだけど、すこしさいびしいような影を感じる。


——ふーん、そういうところが印象に残るのか。では、この人には共感できる!と思った登場人物っていますか?


 それは、カン・ハニョン。


——ああ、あの女の子、しんどい家庭の事情を背負っている。「弟にフォークで目の下を突かれたのは先週のことだ」という衝撃的な一文で物語がはじまるんだけど、どういうところに共感したの?


 弟が家庭内ですごい暴力を振るって、父さんが市役所で不正をしているかもしれなくて、母さんは「お姉さんががまんすべき」って言って助けてくれない。家族全員がおかしいかもしれないって自分一人が気づいているんだけど、どうしようもできなくて、でも最後に家出することができたでしょう。暴力を振るわれて傷ついて大変だったけど、そこから脱出することができてやっと絶望の棘が抜けて。自分自身の力で希望を見つけ出したっていうところに共感した。


 それから、オランダ人の眼鏡モデルのブリタ・フンゲンの話もけっこうよかった。外国人だから、すこし違う視点からソウルの町をみていて、友だちを作ってハングルを覚えてどんどん韓国社会に入り込んでいくところがおもしろい。


——はい、ありがとうございます。さっき、「全体的に人生がうまくいっていない人たちの暗い話が多い」と言っていたけど、逆に、読んでいてこれはつらい話だなと思ったのはありますか?


 チャン・ユラ。


——ああ、あれは悲しい。夫のホニョンが交通事故にあって、命は落とさなかったけど目を覚ますことがない状態になってしまった、というシーンからストーリーが動き出す。どういうところがつらいと感じたのですか?


 6歳の息子がさ、「パパ起きてー」って呼び掛けるんだけど、チャン・ユラは「そう言うと、大人たちが悲しくなって、自分に関心を持ってくれることを知っててやっている」と考えちゃうんだよね。自分だけが不幸だと思い込んでいるから、息子であってもまわりの人のことがやることになんでも腹が立ってしまう。まわりの人にはまわりの人なりの苦しさがあるはずなのに、気づかない。しかも自分は不幸を売り物にして、再就職したりする。そういうふうに思い込んだりするのは仕方がないし、わかるけど……。


——うん、でもチャン・ユラもそうやって生きていながら、最後は「まわりに人にはまわりの人なりの苦しさがある」ことに気づいていくとは思うんだけどね……どうなのかな。それにしても『フィフティ・ピープル』という小説には全体的に暗いというか、つらいというか、さびしい話が多いと感じるのはどうしてだろう?


 作者のチョン・セランには、いまの韓国はそう簡単に幸せになることが許されない暗い時代だっていう考え方があって、暗ければ暗いほど、小さな希望に光を感じられるっていうことなんじゃないの? だから、社会の中でみんな苦労しているのに自分一人が幸福でよいのだろうかと疑って、ホ先生が通りすがりの子どもに運を分けてあげたいと思うちょっとしたエピソードにも価値が生まれる。


——なるほどなあ。そう考えると、「そして、みんなが」という最後の映画館の話からも、見えてくるものがありますね。たくさんの人の命が犠牲になる大きな事件や事故がおこる暗い時代に、小さな人生の物語をひろいあつめて語り続けることで、この小説が何を守ろうとしているのか。そういう観点から、もう一度読み返してみよう。


 『フィフティ・ピープル』の最後の一行って、この小説そのもののことだと思うね。





——ネタバレになってもいけないので『フィフティ・ピープル』の話はこれぐらいにしよう。少し視点を変えて、中学生にとって小説というジャンルってどういうものなんだろう、ということを聞かせてもらってもいいですか? まず本の中ではフィクションの小説と、それ以外のノンフィクションやエッセイや評論みたいなもの、どちらが好みなの?


 フィクションの小説のほうが好きかな。説明文のほうはさ……


——あ、ノンフィクションのことを「説明文」っていうんだね。


 中学生は「説明文」っていうよ。説明文のほうは、作者の考えをおしつけてくるところがあるじゃん、良くも悪くも。フィクションのほうは、作者が理想や妄想や想像をかたちにして作り上げた世界というか場所に、読む人も自分から参加して入り込めるおもしろさがある。


——そうだね。ただ「おもしろさ」といえば、きみも四六時中みつづけているけど、世の中にはネットの動画とかSNSとかおもしろいコンテンツやエンターテインメントや読み物っていくらでもあるじゃない。そういうのと小説がちがうところって何だと思いますか?


 ネットの動画とかって、他の人のコメントを楽しんだり、他の人とやりとりをしたり、みんなが同時にみている感じがいいんだよね。でもさ、自分の世界に他の人の意見が無限に介入してくるわけだから、関心や集中力がそがれるところがある。


 けれども小説の本を読んでいると、さっき言った作者が作り上げた世界と一対一で向き合うことができるでしょう。他の人の意見から孤立した状態で、限られた情報とか物語に接することができるのが、逆にいいんだよ。


——うーむ、ちょっとびっくりする意見だなあ。きみの父親であるところのアサノタカオはあるところで、「(本は)孤独の深まりのなかで、今ここではない別の時空からやってくる声と出会う場所を提供する『切れて、つながる』メディアです」なんて発言しているんだけど、親子でほぼ同じ書物観を共有しているんだね……。お父さんは編集者人生のおよそ二十年をかけて、やっとこの境地にたどりついたのに……。いやあ、中学生の直感ってすごいなと思いました。(了)



参考文献

西山雅子編『“ひとり出版社”という働きかた』(河出書房新社、2015年)



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