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  • 執筆者の写真Saudade Books

詩のリレー連載 食べることは歌うこと #4(ミシマショウジ)

更新日:2019年10月19日


「食」にかかわるさまざまな仕事をする人に、「食べること」をテーマに詩やエッセイを寄せてもらいます。





螢と手話


Rが松山の大学に行って手話のサークルに入ったのだという

こんにちは、って両手の人差し指を両肩のあたりに立てて

指と指で向かいあい、こう曲げて、こんにちは、こんにちは

じゃ、パン屋は?

パン屋は……パンは親指と人差し指をくっつけてからパン! とひらく

パンがふくらんでいるやろ

店は両方の手のひらを前にさしだして、左右にゆっくりひろげていく

焼きあがったパンがいっぱいならんでいるみたいやね、これでパン屋

それでは「パン ド カンパーニュをひとつ下さい」って言ってみてよ

と、

きみの手がくるりとまわり両腕がかさなり またはなれ

腕と腕が左右にうごき釣りあいをとろうとする

指がくっついたりはなれたり

きみは人形つかいのような顔をしている

Bonjour, un pain de campagne, s’il vous plait.

舌は音をたてずに話し

手は握りあい抱きしめあい

螢は明滅して私はここだといっている

そうだ 君がおさない夜 螢を手のひらにつつんで

そっと その光っているのを見せてくれた

その手だね


今朝 焼きあがった大きなパンを窯からとり出しながら

カンパーニュが焼けた!

大きな声をあげたら

口のなかで舌がパン! とはじけたよ



椋の木の椋鳥


パン屋のうらには大きなむくの木が二本

四階建のアパートをおおっていて

春にちいさく見えないほどの白い花をつけて

秋にはむらさき色の実になって

あずきほどの大きさで

鳥たちがやってくる ムクドリ ヒヨドリ ツグミ

実をごくりと飲みこんでは

喉をふるわす

食べることは歌うことのよろこび

わかちがたく歌うことは生きることのよろこび

空が歌っている

そして

聞く 鳥たちが去った夜

むくの木が静かに歌いはじめるのを

根をはって 息を吐いて

喜びに裸になった枝がふるえ この星をみたすのを

さらに耳をかたむけたなら

その喉のふるえは 恒星間のひろがりだということを



付記


ウェブマガジン 「風の声」の(ま)さんの「インタビュー 中学生韓国旅行日記」を読んで、初めて自分の言葉が通じない土地に行ったのもソウルだったな、とその頃を思い出した。

新しい言葉を覚える、まず挨拶の言葉、十までの数え方、これそれあれの指示語、~を下さい、そして食べ物の名前だ!

それさえ覚えれば、ナントカナルと思ったのだ十八歳の頃には。パン焼きを仕事とするようになって、パリに行った。パリのパン屋は対面販売の店ばかり、

ボンジュール ユヌ パン ド カンパーニュ シィルヴプレ

でも結局、欲しいパンを指差して一個二個と指を立てて、ウィウィと頷くのがやっとだった。

言葉の通じない土地に立つのなら、舌と指で見知らぬ声をださなくてはならない、舌と胃袋で未知のものを食べなくてはならない、そんなことを覚えた。

そういえば、Rが一歳を過ぎた頃、はじめて発した言葉はジュス!

ジュースだった。真夏の昼下がりベビーカーに乗せられた彼は、暑さにたまらず言葉を発したのだ。

ようこそ、この星へ!



プロフィール


ミシマショウジ(みしま・しょうじ) パン屋。カウンターカルチャーの影響のもと自家製酵母のパン作りを学び、現在 ameen’s oven(兵庫県西宮市)を営む。パンを焼くかたわら黒パン文庫を主宰、友人たちと詩の朗読やライブを行いながら『Ghost Songs』『詩の民主花新聞』などのZineを発行。



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