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  • 執筆者の写真Saudade Books

Hello folks #2 空港で(太田明日香)

更新日:2019年10月19日

2年間のカナダ滞在経験から「外国で暮らすこと」や「外国人になること」を考える詩とエッセイの連載です。





空港で


入り口と出口

そこからみな旅をする

来る人を迎え

行く人を送り


たとえ口約束でも

何度でも

また会いましょう


喜びと悲しみ

楽しみと不安

同じじゃないけど

知っている


こんなにもやさしかっただろうか

わたしたちはふだん


境界と通過点

そこには長く留まれない

去る人にはさよならを

帰ってきたらおかえりを


たとえ一度限りでも

もう一度

また会いましょう


寂しさと懐かしさ 

恋しさと切なさ

同じじゃないけど

わかる


こんなにも情け深かっただろうか

わたしたちはふだん


目的地は違えども

そこではみなただの人

場所から場所へ

空の上を


たとえ最後でも

何度でも

握手と抱擁を


口づけと涙

花束と贈り物

同じじゃないけど

そこでは同じ


わたしたちはただの人

旅をするただの人







日本に住んでいた頃は空港なんて数えるほどしか行ったことがなかった。だけど、バンクーバーに住むようになってからは頻繁に訪れるようになった。いろんな人がやって来るようになって、送迎の機会が増えた。


アクセスがいいというのも大きな理由の一つで、バンクーバー国際空港はバンクーバー市街から30分ほど。スカイトレインという電車で、ほとんど乗り換えなしでアクセスできる。車両は広々としていて、大きい荷物を持っていても、バリアフリーなので乗り降りしやすい。切符を買うのも多国籍表示でわかりやすい。もちろん日本語だってある。


こんなに利便性に富んでいるのは、空港までの路線が2010年のバンクーバーオリンピックに合わせて開業したものだからだそうだ。日本にもうすぐオリンピックや万博がやってくる。だけど、こんなに便利な空港に慣れてしまうと、日本の空港は外から来た旅人からどんなふうに見えるのだろうかと、おせっかいながら心配してしまう。 


最初は迎えに来てもらう側だったのが、住む期間が長くなるうちに自分が迎える側になった。家族、友達、長いつきあいの人、いろんな人がやってきては、その度に迎えに行ったり見送りに行ったりした。

 

空港の到着出口で待っているときは必要以上に心配して期待する。飛行機に無事乗れただろうか、事故なく着くだろうか、旅はどうだったか、早く会いたいと思う。


出発ゲートで送り出すときはいつも以上にさみしがって、別れを惜しむ。また会えるだろうか、それはいつどこでだろうか。もう会えないかもしれなくても、「また会おうね」と繰り返した。


ふだん感情を露にしない人にも、恥ずかしくて素直になれない人にも、空港では大げさなくらいに再会を祝したり、別れを惜しんだりできた。


あるとき、夫が日本に一時帰国する際、出国手続きの列に並んでいたら、中国人の婦人から声をかけられた。同じ列に並んでいた母親を乗り場まで一緒に連れて行ってやってほしいと頼まれたのだ。バンクーバーには中国人が多いから、わたしたちは中国人だと勘違いされたのだった。あいにく夫とは乗る便が違ったのでその頼みは断ってしまったけれど。


『伊豆の踊り子』に下田から水戸まで行く老婆を主人公が下田から船に乗せて東京まで送ってやるというシーンがあったなあ、と思い出した。こんなずいぶん昔の小説でしか起こらないような場面に出くわすなんて思いもしなかった。


空港ではそうやっていつもより親切になったり、素直な気持ちが出せたりするから不思議だ。ふだんもこんなふうに空港にいるときのような広い心で、人と接することができたらいいなと思う。どこにいても誰にたいしても、いつもそんな気持ちでいられたらいい。





日本にいた頃といちばん違ったのは、空港に行くといつも日本を思い出したことだ。


日本にいるときは、空港に行くといつも旅情を感じた。だけど、住む期間が長くなるにつれて、空港で感じる気持ちは旅情から懐かしさになった。


わたしが住んでいたのは、日本人の多い市街地から離れた大学街だったから、周りに日本語を話す人は夫以外にほとんどおらず、時々無性に誰かと話したくなるときがあった。そんなときにたまたま空港に行く機会があって、ラウンジで日本語が聞こえると、言いようのない懐かしさに襲われて誰彼構わず日本語で話しかけたくなることがあった。まるで石川啄木の、駅にふるさとのなまりを聞きに行くという短歌のようだ。


2年の滞在の間に特に一時帰国の予定はなかったから、ANAやJALのチェックインカウンターに並ぶ日本のパスポートを持った人の姿を見かけると、「今の日本ってどんな感じですか?」なんて聞きたくなった。出発ゲートに吸い込まれて行く人を、うらやましい気持ちで見送ったこともあった。


もちろん、飛行機に乗れば帰れる。だけど、夫の仕事の都合ですぐに帰れないことはわかっていた。


海外から帰ってきたときの感覚も日本にいたときとは違った。日本にいたときは心の底から帰ってきたと思えたけど、そういう気持ちにはなりきれなかった。空港からどこかへ行っても、帰ってくるのはこのバンクーバー国際空港だった。


わたしの持っているパスポートは日本のものだから、入国手続きをするときには、カナダのパスポートを持っていない人のラインに並ぶ。ここでは、わたしは同じ列に並んでいる、髪の毛の色や肌の色や言葉が違う人たちと同じ「外国人」。それが余計に異国にいるという心細さを感じさせた。


空港からスカイトレインに乗ってうちまで帰る。


最初は切符を買うのもおぼつかなかったのに、何度も乗るうちいつのまにか乗り馴れたし、最初は驚いていた中国語の看板や、川を渡るときの雄大な景色にもいつのまにか見慣れた。電車の中で聞こえるのは、空港の近くのリッチモンドという中華街に住むと思わしき人の中国語、それに英語や韓国語、時折聞いてわからない言語もちらほら。黄色い髪の人、肌の浅黒い人、髪の黒い人、いろんな国籍の人と一緒に乗り合わせてうちまで帰る。


ここは日本じゃない。だけど、今はそこがわたしのHomeだった。



プロフィール


太田明日香(おおた・あすか) 編集者、ライター。1982年、兵庫県淡路島出身。著書『愛と家事』(創元社)。連載に『仕事文脈』「35歳からのハローワーク」。現在、創元社より企画・編集した「国際化の時代に生きるためのQ&A」シリーズが発売中。





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