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宮脇慎太郎『流れゆくもの』「あとがき」



あとがき

宮脇慎太郎  これを書いている2022 年8 月現在、新型コロナウイルスのパンデミックはいまだ収束していない。それどころかロシアのウクライナ侵攻による戦争が始まり、止まらないインフレで破産宣言をする国まで出る事態。世界中で、地球温暖化など異常気象も多発している。そして日本では、元首相への銃撃事件まで起こってしまった。

 世紀末が遅れてやってきたような暗い時代の空気の只中で、屋久島やゴアの楽園的な光を記録した写真を見返していると隔世の感がある。

 「Experience is everything」。かつてレイヴパーティーの会場で先達から伝えられた言葉だ。サイバー空間を検索すればありとあらゆる情報を得ることができる今こそ、この言葉の重要性を以前に増して嚙み締めている。

 僕はあの日あの時、確かにそこにいた。大地を踏みしめ、空気の匂いや湿度を感じ、雨に濡れて土埃にまみれ、二度と見ることができない光を目にした。人びとに出会い、かれらと歓びを交わし、時には理不尽な思いもした。常に五感を全開にし、快も不快もひっくるめすべてを味わおうとした。旅先の宿で眠りに落ちる瞬間、遠く離れれば離れるほど、家族や友人の存在を間近に感じた。人生の最後に、実感をもって思い出せるのは、結局この身体を使って体験したことだけなのではないだろうか。

 旅の経験はその場限りのもので、そこで味わった寂しさや喜びを、悲しいことに僕たちはいつか忘れてしまう。けれども写真と言葉の力を借りることで、身体に残された記憶が「永遠」として結晶することもある。パンデミック以前、人々や自然と濃密に触れ合った瞬間瞬間のイメージは、自分の中で時が経つほど輝きを増している。

 この本のテーマである屋久島とインドへの旅をつなぐ存在は、やはり詩人の山尾三省だった。島の一湊白川山で家族とともに暮らし、耕し、詩作し、祈る暮らしを続けた三省さんは、屋久島へ移住する以前、インド・ネパールの聖地を1 年間巡礼した。静けさの中で生きることを何よりも大切にしたが、若い頃はジェファーソン・エアプレインらサイケデリック・ロックを愛好したという。踊ることを「生命の根源からの発露」と称賛する三省さんが、アフリカ・ナイジェリアのミュージシャン、キング・サニー・アデに呼びかけるようにしてダンスの陶酔を語るすばらしい詩がある。


  すぐ側を 大きな谷川が 音高く流れていた

  ぼく達は 踊っていた

  ぼくは 踊っていた

  ニジェールからきた キング・サニー・アデが

  EMAJO !

  エ・マ・ジョー! もっと踊ろう!

  と 叫んでいた

  太い火はとろとろと 真っ赤に炎をあげていた

  火の底には 深い地太があった

  深い悲しみと 豊かさがあった

 

  ——山尾三省「月夜 その四」『びろう葉帽子の下で』(野草社)

 

 屋久島、そしてインド・ゴア。自分自身の音楽体験に導かれるようにして訪れた2 つの土地。そこで出会った風景と人々に向き合ってあらためて思い知ったのは、三省さんのいう「深い悲しみと 豊かさ」だったかもしれない。

 旅は終わった。メロディーとリズムは鳴り止んだ。しかし静けさの中で流れは続く。アフターパーティーは始まったばかりだ。




旅行記

流れゆくもの

——屋久島、ゴア Floating Being: Yakushima, Goa 著者 宮脇慎太郎 発行 サウダージ・ブックス B6判 92ページ(1色80ページ、カラー12ページ) 並製 定価 本体1800円+税 初版発行日 2022年9月30日 装丁・組版 川邉雄 校正 奥田直美 印刷・製本 株式会社イニュニック *2022年9月下旬より、サウダージ・ブックスのオンライン・ショップおよび直接取引店で販売します。




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