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  • 執筆者の写真Saudade Books

「私には聞こえる」「国境ですら発明されていなかったんだ」(印卡)、「火のなかで―鄭南榕を偲ぶ」(楊智傑)

「アジアの群島詩人」を紹介する特集。台湾の詩人、印卡と楊智傑の作品を紹介します。



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私には聞こえる

印卡


携帯が再び私の位置情報を特定してくれるのが聞こえる

低い屋根と、地球の磁場

前後や高低を問わず

一つの星座の幾何

PM 2.5 の汚染が越境する前から

私はここにいる

ここに、遠くにある海が静かに滲み込んでいる

ネット上にある地図の色

暗闇をこえて可決される法案があれば

それが携帯電話ゲームになる。

私にはわからない。知っているのは

生活のため、顔認証というものは

自分というものが認識される前に既に存在している。

私たちの顔はこの日になってやはり無意識の一部になっているのだ。

遠くから眺める

いつまでも治ることがない知識を

ベッドの上に

指が一本でもそれなりに懸命に平泳ぎを覚えるようになった。

もう一度、世界が聞こえる

情報がしだいに形成していく深淵で

電位の流れの中に

あなたが低くそれを聞く

それぞれ異なるエネルギーの波が重ね合わさり、年をとる自分になっていく

生命は

盛大なパーテイーなのだ

夢に関する巫術は

万人が呼応する

誰も出席していないが、ネットユーザーたちが反応する



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国境ですら発明されていなかったんだ

印卡


私達の詩は国境を出られない

国境ですら発明されていなかったんだ。

ここにやむを得ず残された

あなたは世界から借りてきた悪魔

蛇口から流れてきた

天使は暴風のなかに門と窓を叩き込んだ

あなたはプラハについて書いた

しかし、夢見たことはなかった

文学の世界で耳石がころころ動いている

なのに、耳の中にいなかった

いま危ないバランスを取るのは意味がない

まだ海水がきこえていないうちにもう囲まれている

境はつねに変動する

急難の水泳姿がかつて幽かな闇の海峡を乗り越えた

ボートを物語の容器にさせた

それらの悶え苦しみ

助けを求める呼び掛け

翻訳機のなかで並んでいるが、誰一人も聞いてくれない

漂っている、すべての人のこと

ぶつかりあってからこそ膨らませる

なにかが起こったら、くれぐれも忘れないで 私たちは虚無に存在している

ところが、体積を持ち、重さを感じられ、温度、痛んでまで

泣く



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火のなかで——鄭南榕を偲ぶ

楊智傑


明日、大火のなかで

恨み、揶揄を忘れる

もうすぐ忘れる。

すべての歴史、一回の暴風雨でやり直したことを経験している。

もうすぐ狂った笑い声と別れる。

寂しい風景

火中で大地の愚かな忠誠を許す

烈日の暴挙も許す。明日から、もう燃焼を考えることはしない。

燃焼との間にある曖昧さ

闇夜はすでに去った

悲しい顔が一瞬、鍵穴と銃口となった

優しい人が身を回した。

自分から離れた

あまりに早く出席したことを償うためにこれからずっと欠席する

大火がもうすぐ消える。

未来は残されるもの

残されること

すなわち、すべてあなたたちのことだ……


(翻訳=劉怡臻)



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プロフィール


印卡(イン・カー) 1981年生まれ、ウェブ雑誌『秘密讀者』の編集委員を担当。作品は『港澳台八十後詩人選集』(香港、マカオ、台湾のポスト80年世代詩人のアンソロジー)、『生活的證據:國民新詩讀本』(生活の証:国民新詩選集)に収録されている。詩集 『Rorschach Inkblot』、『刺蝟』(ハリネズミ)などがある。ネット上で文学、芸術などに関して広く評論活動も展開している。https://www.biosmonthly.com/author/96


楊智傑(ヤン・ジージェ) 1985年生まれ。林榮三文学賞入選(2012年、2019年)、ルポルタージュ文学賞最優秀賞を受賞。詩集『深深』(2011年)、『小寧』(2019年)、『野狗與青空』(2019年)を出版している。作家の張惠菁からは、「『小寧』が、時間というものがはっきり作用した、もう取り返せない過去を回想する詩集であるのに対して、『野狗與青空』はむしろ瞬間的な存在、常に移動しつつある物事、そして語り手の状態を捉える詩集である」という評を得た。


印卡と楊智傑については、翻訳者による以下のエッセイもお読みください。


劉怡臻「台湾新世代詩について」




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