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  • 執筆者の写真Saudade Books

詩のリレー連載 食べることは歌うこと #7(どいちなつ)

更新日:2019年10月19日


「食」にかかわるさまざまな仕事をする人に、「食べること」をテーマに詩やエッセイを寄せてもらいます。



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春の野うた 1


うららかな陽がさしこむ若葉の木陰で

野蕗は黄緑色の葉を淡く光らせ

花を咲かせていました


木々が紅葉し、葉を落とす秋の終わりに

山裾の野蕗を掘り上げてこの庭に植えました

冬の間、土の中に包まれて根を張ってくれたよう

野蕗はようやく訪れた春のはじまりを知らせてくれます


少し私に分けてくださいな

土の匂いをまとった野蕗を炊いてみよう

淡く透き通る光の色

すくっとのびた茎は歯ごたえよく、みずみずしく

野蕗をそのままに味わいたいと思うのです

春の野を思いながら



春の野うた 2


萌えでた若葉の茂みで

夜明けの白霞があたりを包むころ

小鳥が一羽、また一羽とうたいはじめます


鳥たちのうた声は

静まり返った体のそこかしこから染み入ってきます

うた声は光の粒のように

光の粒は波のようにゆらゆらと広がってゆきます


私もうたっていいですか

土の上に立って小鳥たちとうたってみよう

カエルのコーラス、虫たちの羽音のハーモニー

山は笑い、生まれては消えてゆく風と

夢から覚める前にうたおうと思うのです

春の野を思いながら



付記


淡路島に戻りこの島で暮らし始めて8回目の春を迎えています。春の野はまったく夢のようです。村々からは春祭りの太鼓の音が、木々の間からは小鳥たちのさえずりが賑やかに響いています。芽吹き始じめた植物は、景色を日毎に鮮やかにしてくれます。蕾が膨らむだけでこれからが楽しみに、花が開くだけで心が喜びに満ち、草が風に揺れるだけで気持ちが優しくなります。そんなことを感じる時は、決まって私まであたたかな風になってこの景色の中に溶けたような感覚を味わうことがあります。やっぱり、本当に、今日のこの景色は夢なのかもしれませんね。



プロフィール


どい・ちなつ 料理家。兵庫県・淡路島在住。“こころとからだにやさしい” をテーマにワークショップや料理教室「季節の台所」を主宰。野山の植物、自然農を学び、野菜やハーブを栽培。「心に風」としても活動。著書に『焚火かこんで、ごはんかこんで』(サウダージ・ブックス)他。



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