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The Road to Yakushima #4(宮脇慎太郎)

最終更新: 2019年10月19日




episode 4


「あー、雨降って来ちゃったね」


アサノさんが空を見ながら呟く。一湊や宮之浦など屋久島の外周を走っている時は、空は抜けるような快晴だった。しかし安房を過ぎ、「ヤクスギランド」への山道に差し掛かった当たりから天気は急変。みるみるうちに暗くなってきた。屋久島初日に島の人に言われた、「天気予報はまったく役に立たないよ」という言葉を思い出す。





山上のドライブウェイは、小さな島には似つかわしくない真新しい立派なものだった。いつしか雨は激しさを増し、強烈なスコールとなってフロントガラスを叩きつける。豪雨から自然とスピードは出せなくなり、ゆっくりと慎重に一つ一つのカーブを抜けてゆく。滝のようなどしゃ降りの中でも、白い軽自動車は力強くぐいぐいと進んで行った。森の隙間から時折見える景色は、ひたすら続く山並と雲海だけ。それは、ここが周囲を海に囲まれた絶海の孤島であることを忘れるほどで、屋久島の山の恐るべき深さを感じさせるに十分だった。


標高が上がるとやがて雨は弱まり深い霧に包まれ、さっきまで見えていた山岳風景もまったく見えなくなった。どうやら雲の中に入ったようだ。思えば下界から見上げる屋久島の山は、常にその頂きに雲を纏っていた。


対向車に気をつけながら、なんとか目指すヤクスギランドへ到着したが、駐車場にも人はまばら。ここは霧島屋久国立公園・第三種特別地域で、世界遺産のエリアには入っていない。そのため景観保護などの規制が緩く、通常の農林業活動も可能なエリアだ。


屋久島に到着した初日、一湊珈琲焙煎所の高田さん夫妻と話していて、「縄文杉」の話になったことがあった。しかし高田さんは、なんと見に行ったことが一度もなく、今後もあまり行くつもりがないようだった。屋久島といえば縄文杉というくらい有名なので、僕はびっくりしてしまったが、聞いた所によると観光客が増え過ぎて、樹勢がだいぶ弱って来ているらしい。


三省さんが「聖老人」と名付け、屋久島移住の精神的支柱とした巨樹を見てみたいとも思ったが、高田さん夫妻のように島に住みながらあえて行かないという態度は、単純に美しいなとも思った。「圧倒的なものをこの目で見たい」という態度は確かに自然なものではある。しかしそこがあまりにも有名になって何千人、何万人と人々が訪れることにより、ダメージが蓄積してゆく。秘すれば華、あらわになることで聖なるモノも減退するのだ。わざわざ見に行かずとも、確かに島の中心には縄文杉がある。そう思って麓で暮らし続けることは、精神的に豊かなことだと思う。まあどちらにしろ屋久島最深部の縄文杉を見に行くにはガイドを雇い、トレッキングで丸一日は潰れるので、今回のタイトなスケジュールでは行くことはできなかったのだが……。


そんな高田さん夫妻に、どこか屋久島の森で行くとすれば、と聞いた時に紹介されたのが、ここ「ヤクスギランド」だった。その名前から人工的なイメージを受けるし、何か整備された観光地でも勧められたのかと思い、正直当初はあまりここに期待してはなかった。しかし日本の他のどんな森とも似ていない屋久島の圧倒的な緑の世界を、僕はここではじめて体験することになる。






雨はまだしとしとと降り続けていた。しかし先ほどのスコールとは違い、レインウェアを着れば歩けないほどではない。初日にホームセンターで買った沢歩き用の足袋(これが濡れた林道を歩く時に非常に役に立った)を履き、準備は万端だ。


標高1230mの車道のすぐ脇、おそらく屋久島中で一番容易にアクセスできる屋久杉である「紀元杉」。僕はいきなり圧倒され、息を呑んだ。樹齢は3000年を越えているらしく、「縄文杉」や「大王杉」などと合わせて屋久島6神木と呼ばれるうちの一本。


その表面は異形という他ない。何本もの木が合体してできたように、筋状の瘤が縦に走っている。名前こそ「杉」だが今までに見たどんな杉とも似ていない。幹は白く鈍い光を放ち、老木なので上部は白骨化している。その巨大な幹は苔むしていて、表面に着生した植物の根が上から多数伸び、まるで大地が垂直に立ち上がったかのよう。今でこそ道路がついているが、3000年もの気の遠くなるような長い時間を、屋久島の深い山中で静かに立ち続けてきた姿は神秘的で、「出会ってしまった」という表現がしっくりくる。雨で表面が濡れている雰囲気も手伝って、まるで意志を感じさせるかのような生命力の塊。「聖老人」という詩人のネーミングセンスは一流だと思う。まさに森の長老、まるで王者のような風格だ。


そもそも屋久島では、樹齢千年以下の杉を屋久杉とは呼ばない。また標高600メートル以下の地域に、屋久杉は存在しない。そして今残っている屋久杉も、材木として不適格だったりあまりに奥地にあったりしたために、伐採を免れたものばかりだ。過去の屋久島の森を歩けば、至るところに巨木が林立していたのだろう。


実際、2017年にはNHKの調査隊が、人の未だに入れなかった険しい場所で、「天空杉」なる縄文杉に次ぐ大きさの巨大杉を発見している。東西約28kmでほぼ円形の屋久島は、外周以外はすべて山岳地帯。標高1936mの九州最高峰宮之浦岳を中心とした山塊は、人の侵入を拒む神の山だった。


インターネットの普及などにより世界は情報化時代になり、地球の裏側で起こっていることもリアルタイムで知ることができるようになった。こうなると地球上のあらゆる物事が解明され、もう新たな発見など深海か宇宙くらいにしかないのではないか? という気持ちになる。しかしそんな21世紀の現代においても、こういった世紀の大発見があるところに、この島の圧倒的な奥深さを感じずにはいられない。NHKは天空杉の場所を公開しないことを決めたというが、その判断を僕は支持したい。幻の巨大樹は確かにある。それが分かっただけで十分だと思う。


紀元杉は、縄文杉などと違い幹に触れられるほど遊歩道で近づくことができる。しかし触られ続けた場所は他の白光りした表皮とは違い、赤く痛んでまるで瘡蓋のよう。この杉もまた、人に何かを与え続けてきたのだろう。僕はついにそこに触れることができなかった。その代わりに少しでもその神々しさに迫ることができれば、と祈るようにシャッターを切った。雨でカメラが濡れてもお構いなし、こういう時にCanonの防塵防滴のボディーとレンズは本当に心強い。







気が済むまで撮影し終わり車に戻ると、なんとアサノさんが上半身裸になって、車道脇に流れている雨でできた小さな滝に頭を突っ込みだした。


「わ! 何をやってるんですか?」

「冷たい! でも気持ちいい~。これがやりたかったんだよね!」


白川山の川で泳げなかったストレスをここで発散し、アサノさんは大満足の様子だった。僕はその時は風邪をひくのも嫌だし遠慮させていただいたが、日常に帰って来た今考えると、あの時水浴びしておけばよかったなあとも思う。屋久島山上の清浄なる水を体験する、唯一無二の機会だったのかも知れない……いや、やっぱり寒かったしやらなかったかな。


アサノさんは「雨具がないから待っとくね」と満足気にビジターセンターへと行ってしまった。そりゃあれだけ水浴びしたら十分だろう。僕はヤクスギランドの最短ルート、仏陀杉コースを歩いてみることに。まるでジュラシックパークのような物々しい入り口で料金を払い、一人中へと進む。


どこにも似ていない屋久島の森。先ほどは紀元杉に注意を取られ全体を見る余裕がなかったが、きちんと整備されたトレッキングコースをたどると、その独特の環境をゆっくり観察しながら歩くことができた。寿命が来て倒れた杉や、伐採された切株の周囲はそこだけ光が差し込み、陽当たりを好む植物の格好の成長場所となる。死んでしまった樹を栄養分にし、森が世代交代する様子は倒木更新や切株更新と呼ばれている。すべては人間の物差しを越えた時間軸で、輪廻のように円環の中にあった。


実際コースを歩きながら森を見ていると、地面には倒れた木が折り重なり、苔むしたそれらの上に新しい世代の樹が育ちつつある真っ最中。まあ新しい世代といっても植物の話なので、当然100年単位の時間感覚だろう。豊臣秀吉の時代から昭和まで、徹底的に伐採され続けた辺境の神の森。かろうじて保護が間に合い、奇跡のように残された原生林を歩くとのできる不思議。


屋久島の森はディティールを見れば見るほど飽きない。倒木の表面はびっしりと苔や着床植物で覆われ、その一つ一つに雨粒が光っている。写真を撮っていると、次々と雫が弾け飛ぶ。月並みな表現だが、本当にアニメーション映画『もののけ姫』のワンシーンそのままだ。





地面は濡れて注意が必用だったが、沢歩き用の地下足袋が絶大な力を発揮した。底面にフェルト生地が貼られており、濡れれば濡れるほどグリップ力が増すという代物。トレッキングシューズなどと違って靴底が柔らかいため、地面の凹凸を感じ取ることができて大地との一体感が凄い。歩いているとまるで足裏のツボを押されているような感覚だ。


「仏陀杉」を巡るルートを歩き切り、僕は身も心も屋久島の深い森に浸り切り、大満足で戻って来た。アサノさんと落ち合い、そのまま山を降りて島を一周することに。明日の午後一の便で鹿児島へ向けて出港するため、実質今日が旅の最終日といってよかった。駆け足でもできるだけ多く屋久島の景色を見ておきたい。


僕たちは車でアクセス可能な千尋の滝や大川の滝などを見て回った。千尋の滝は巨大な花崗岩の一枚岩が有名で、そのすぐ横を雨で増水した滝が豪快に滑り落ちてゆく。その勢いは滝壺に落ちた水しぶきが、滝自体の高さよりも高く上にあがるほど。やがて降り続いていた雨もあがり、一気に真夏の青空に。濡れたアスファルトに空が写って、地面までもが真っ青に光り輝く。まるで朝日を迎えたかのような清々しさ。九州一の落差を誇る大川の滝も、すぐ横まで車で行けるため人が多く、家族連れやカップルで賑わっていた。しかし水量がもの凄く、滝壺からの風圧でとても近づけたものではない。


実は屋久島の電力は100%水力発電、そして全国で唯一の発送電分離が実現している地域でもある。数日滞在しただけでも感じる屋久島の雨の多さは、それを納得させるに十分だった。自然が許容できる人口には適正値があるように思う。かつて僻地故に九州電力の開発から取り残された屋久島は、こと現代においては周回遅れでトップランナーになっているのだ。






その後、屋久島で最も手付かずの自然が残っている道である西部林道へ。ここは島の外周で唯一海岸線まで世界遺産エリアに入っている場所。断崖絶壁の上に、対向車とすれ違うのがやっとの細い道が延々と続いてゆく。その時、道に横たわっている子どものような人影が。


「猿だ!」


アサノさんが叫んだ。ヤクザルは車をまったく怖がる様子もなく、平然と道の真ん中で毛繕いをしている。ここは彼らのテリトリーなのだ。ギリギリで猿を避けながら、スピードを落として慎重に進んでゆく。そのうち猿たちは群れでも現れるようになり、すっかりサファリパーク状態。正直言ってここでは人間の方がマイノリティーで、完全に向こうの方が態度が大きい。ボス猿がこちらをジロリと睨む中を、白い軽自動車は申し訳無さそうにそろりそろりと徐行しながら進む。


時折、森が途切れ、左の窓から見える景色は壮快そのもの。海岸線ギリギリまで森が続く切り落とされたような断崖の向こう、深い青の海の上に口永良部島が雲を纏い浮かんでいる。西日が逆行となって全てのシルエットを立体的に浮かび上がらせていた。


その後光のような光の中、ついにヤクシカも現れた。車で横を通り過ぎるやいなや、道の向こうに跳ねて逃げて行く。神の使いのような獣との出会いに、運転していた僕は興奮気味に話す。







「アサノさんよかったですね! ヤクザルもヤクシカも見れて」

「いやまったく。ここまで来ると屋久犬も見たいね」


冗談で車中で言い合っていたのだが、びっくりすることに直後にそれが現実になった。島を一周して三省さんがよく通った一湊の港町を歩いている時、犬を散歩してるおじさんが向こうからやってきたのだ。その犬は今まで見たどんな犬とも似ていない特徴的なスタイルをしている。赤毛で尻尾は柴犬のように丸まり、胴体や足はやたら細く長い耳が尖っている。


「もしかしてこれ屋久犬ですか?」


飼い主に訪ねると、当たり前のようにそうだとのこと。いい旅ではしばしばこういうことが起こるので、僕は嬉しくなってしまった。港町に訪れるかわたれ時の優しい時間。最初はなかなか慣れなかった湿気をたっぷりと含んだ亜熱帯の空気までも、今では愛しいと感じるくらいだ。





その後、僕たちは、東シナ海に沈む今日の最後の光が消えるまでを見届けた。風景のすべてが黄金色に染まる中、三省さんもきっとこの夕陽を見たのだろうと思うと、言葉にできない気持ちが胸にこみ上げて来る。日没直後は、昼とも夜とも言えない刹那が表れ、宇宙との一体感を一番感じられる時だと思う。名残惜しく水平線を眺めていると、積乱雲が見る見るうちに巨大な翼のような形に。短い旅の終わりが近づいていた。


僕たちはふたたび白い軽自動車に乗り込み、東の山の頂から迫る最後の屋久島の夜を切り裂き、白川山への帰路についた。



プロフィール


宮脇慎太郎(みやわき・しんたろう) 写真家。1981年、香川県高松市在住。著書に、日本三大秘境と言われる四国最深部の天空の集落・祖谷渓谷の四季を記録した写真集『曙光——The light of Iya valley』(サウダージ・ブックス)。瀬戸内国際芸術祭2016公式カメラマン。2019年以降、初のノンフィクション『ローカル・トライブ』、写真集『rias land 』を刊行予定。

Website: https://www.shintaromiyawaki.com/



#TheRoadtoYakushima #宮脇慎太郎

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